富士を囲むように存在する五つの結界点。
　それぞれの結界主の生み出す《気》は、五芒星(ペンタグラム)を描くようにその山の周囲を巡る。
　富士を覆う、大結界内の空気が変わる。
　肌を突き刺さすような緊張感に満たされていく。

　先鋒として布陣する第三師団。その指揮官である彼は、眼前に展開する敵軍を認めると、口の端をつり上げるように笑みを浮かべ、右手を軽く揚げて、勢い良く前方へと振り下ろした。

　前衛同士が衝突する。
「九曜星！」
　それを見ながら、彼は九曜星を呼んだ。彼等が答えるように、彼の前に姿を表し跪く。
「天軍の、結界主どもを一掃しろ。目障りだ」
　その命令に、一礼を返して彼等は姿を消した。
「公。よろしいので？」
　問いかけてくる副師団長たるへきら碧蘿に対し、笑みを崩さないまま神原は言う。
「我等が総司令たる高館が、支援につけて寄越したんだ。使わぬ手はなかろう」
　そこで一旦言葉を区切り、戦の様子を眺めやると、更に続けた。
「連中がどこまでやってくれるか、見極めねばならん。今後のこともあるからな」
　神原の言葉に碧蘿は、なるほどと納得して小さく頷く。
「まあ、そうですね。天帝の御力によらずして連中を奪い返されるようでしたら、以後、我等の戦力として使えませぬ」
「そういう事だ。坩堝崩壊の戦乱での働きぶりであれば、心配はないであろうが、転生によってどういう影響が出るか、我等には判らぬというのがあるからな」
　そして、意識を眼前で繰り広げられる戦に戻した。

　富士の西側に位置する結界主・白金紂哉(しろがねちゅうや)。彼の前に、火曜星が姿を表した。
　間を置かずに、彼女の両手は光球を生む。
　それが放たれる寸前に、彼女─火曜星・緒火たる焔耶の身体が、弾き飛ばされた。
　崩れた態勢を、空で身体を捻り腰を落として、左膝と左手をつかんばかりの状態で着地する。
　焔耶の唇が、声として聞き取れない言葉を紡ぎ、最後の一音を形作るのと同時に、利き腕である右手を流れるように右横へ振った。
　その軌跡のように炎の帯が現れ、そのまま白刃の剣へと転じる。
「哈っ！」
　気合の入った声と共に、彼女は右下から左上に切り上げた。
　対する者。水曜星・水蓮たる沙耶の姉である氷見和泉は、それを躱すように後方へさがりつつ、左手を突き出すようにして掌を翳す。
　水面に波紋が広がるように掌から生まれたものは、焔耶の剣を弾き滑らせた。
　彼女の攻撃を受け止めながら、和泉は言葉を紡ぐ。
　右手には水滴のようなものが寄り集まり、握り込む形を取るのと同時に、それは実体化した。
　剣の握られた、和泉の手が翻る。

　キィィィーン！

　刃を交える金属音が響く。
　剣を交えたままの状態で、焔耶は苦い笑みを浮かべた。
（水剋火であり、金生水……五行のことわり理をして、火剋金と言えど我に不利か……）
　双方の剣を弾くようにして、二人は離れる。
（西の護法、広陵（ひろおか）殿に出てこられるのも面倒。ここは一旦引き、北の結界に向かった土曜星と羅ゴ星の援護に向かったほうが得策だな）
　やっぱり、計都星か日曜星と一緒に来れば、戦力的に問題なくて良かっただろうと思いつつ、そこまでの判断を下すと、焔耶はあっさりと剣を引いた。
　その動きに、焔耶の意図を悟った和泉は、足止めをすべく動く。
　この結界点において、火の属性を持つ火曜星を制することができるのは、水の属性を持つ水天たる自分だけなのだということを、和泉は知っていた。
　剣が淡く輝き、右手首を捻るようにして、剣先が右にくるように構えた。
「華雹翆撃(かはくすいげき)！」
　勢い良く剣先で半円を描き、薙ぐように右へと流す。その軌跡を追って、華のように寄り集まった雹が、渦巻くように迸った。
「煌戍(こうじゅ)」
　炎が燃え上がるかのように、焔耶の回りを《防護壁》が打ち立てられ、和泉の攻撃を防ぐ。
「楓炎撃(ふうえんげき)」
　楓の葉の形をした炎が、和泉に襲いかかる。
「溌守(はつしゅ)っ」
　焔耶の、防御呪と攻撃呪の連続技に驚きつつ、とっさに和泉は防御呪を唱え、両腕を交差させて防いだ。
　だが、《防護壁》の強度は充分ではなかった。
「楓炎撃」
　再度の攻撃呪。まさかの攻撃呪二連打に、和泉は驚愕した。
　中程度の威力のものとはいえ、間を置かずに続けて放てば、通常ならば一度目のものより二度目の方が、威力は弱まるものである。焔耶の二度目の攻撃呪は、ある意味、常識とも言えるそれを裏切る威力を持っていた。
　一度目と変わらぬ威力を保持したそれは、和泉の《防護壁》に叩きつけられた。
　水の流れを思わせる、打ち立てられた《防護壁》に亀裂が入る。その亀裂めがけて、焔耶は剣先を突き立てた。
　迸る光とともに《壁》は砕け散り、爆発を起こす。和泉は左手の掌を正面に向け、《防護殻》を張ることによって、巻き起こる爆風から結界主の白金と自身を守った。
　光と噴煙が収まり、目を開いた先には、転移してゆく焔耶の姿があった。
　まんまと逃げられてしまったが、再び戻ってくるであろうことは、疑いようがない。
　下位術者ではあり得ぬ強い力。九曜星を敵にすることの恐ろしさを改めて認識し、和泉の背筋に冷たいものが走った。

＊

　第三師団と最初に衝突したのは、宝仗(ほうじょう)率いる部隊だった。
「どうやら、宝仗隊のようですね」
　碧蘿は言う。
「不破隊のほうは、どうだ」
「後方に展開しております」
　神原は眉を寄せた。今生の火曜星が、不破家の娘であると高館に聞いていた。現当主の妹であり、当主は溺愛していたとも。
（戦に、私情は挟まぬ…か……）
　不破隊が前面に出てくることを楽しみにしていた神原は、眉間の皺を深くし、不満そうな表情へと移行させた。
「第二、第三、第七旅団は中央の攻撃を強化。第一、第五旅団は左翼。第四、第六旅団は右翼より、三旅団の援護をせよ」
　出てきていないのならば、引きずり出すまで。と、腹を括った彼は、命令を下す。
　そうした第三師団の動きを、宝仗・不破両名は見据えていた。
　宝仗隊を中央分断し、少ない方から喰い潰そうとしているのは、判りきっていた。
　不自然に見えないよう、左右に分かれ、三旅団を誘い込むよう、宝仗が合図する。
　タイミングを図って、不破が合図を送った。
「放(う)てーっ！」
　合図を受けた弓隊の隊長が言い放つ。
　光の塊の様な細長い矢が、念で生み出され、力によって物質化した弓から放たれる。
　降り注ぐ光の矢をかわそうとするかのように、三旅団の進軍速度が速まり、両翼の四旅団もそれに呼応する動きを見せた。


《To be continued…》