光厳寺の敷地内にある離れ。
　当初は普通の部屋であったが、少々一般常識から外れる状況の変化…そう、この寺の三男坊・橘義明こと直江信綱の元に、かつての冥界上杉軍総大将・上杉景虎こと仰木高耶が、嫁いでくることが決まった時点で、思い切って建替えてしまったのだ。
　庫裏である母屋と渡り廊下で繋いだだけではあっても二世帯住宅の形に持っていき、上の兄達のように同一敷地内にありながら独立した住宅にしなかったのは、ひとえに高耶の健康面が心配であったからに他ならない。
　闇戦国が終結し、戸籍上は橘家の養子、その実態は直江と高耶の『結婚』まで半年。
　同性カップルなために、普通の結婚式のように準備や諸々の手配などだいぶ手順が変則気味ではあった。ほとんど「できちゃった結婚」での結婚式準備のスピードと大差ないものがあっただろう。嬉しさのあまり暴走気味の直江に、危機感を覚えた高耶の鶴の一声で、ごく内輪での祝いに落ち着いたのは、良かったのか悪かったのか…直江はちょっぴり不満であったようだ。
　その結婚から一年が過ぎようとしていた。
　高耶は愛しいダーリン?である直江の為に、朝食を作るべく台所に立っていた。
　今日の仕事は、長兄の不動産業の方へ行く予定になっている。ちらりと時計を見て時間を確認。
（そろそろ、起しに行くか）
　クロゼットの中から、今日着るワイシャツ、ネクタイ、スーツを取り出し、作り付けの引出しから下着類やカフス等を用意する。
「直江。朝だぞ」
　ベッドに眠る男の耳元で囁くように言い、起しにかかった。
　そんなことで起きないのは、百も承知の上で言う。
「今日は不動産の方に行くんだろ？さっさと起きろ」
　言い回しは乱暴だが、声音は優しい。
「……キス……」
　ボソリと直江は布団の中から答えを返す。目線だけを高耶に向けていた。それに対して彼は、ニッコリ微笑んで唇に触れるだけのキスを送る。
「遅れんなよ」
　それだけ言うと、再び朝食作りのために、台所に戻っていった。
　『結婚』してから、直江はよく高耶に甘えるような態度をとるようになった。普段、ビシッときめている分、このちょっとした甘えが高耶には嬉しいものがあるのか、結構甘やかしている。
　そんな、ささやかな幸せに浸りつつ身支度を整えた直江は食卓につく。直江の指定席には彼のために新聞がおかれており、視線の先には、直江の為に一生懸命に料理を作ってる高耶の後ろ姿があった。
（幸せだなぁ）←加○雄○風に
その姿に目を細め、うっとりしながら見つめる。
「直江」
　ほんの少し、困ったような表情で高耶は直江の方へ振り返った。
「直江〜、ちょっと味見してくれるか？オレ風邪気味で味があんまりわかんねぇんだ」
「味見ですか？いいですよ（ニコニコニコ）」
立ちあがって近づいてきた直江は背中から高耶の首筋をぺロリと舐めた。
「っ！！！！」
「ふふふ、美味しいですよ♪」
「ばっかやろー！！オレの味みてんじゃね〜〜〜っ（怒）」
　照れがある程度無くなってきて、ようやく高耶の方からもすすんでキスとかもしてくるようになってきてはいても、やはり不意打ちともなると恥ずかしさがでるらしい。ほんのりと頬を染めつつも、容赦なく直江の頭に拳骨をはった。
「ひどい…高耶さん」
　無言で、味見のために味噌汁をよそった小皿を、直江の目の前に突き出す。
　それを受け取って、一口。
「おいしいですよ」
　先ほどの狼藉どこ吹く風というように、味見した感想を言う。
　それを聞くや、煮立ちすぎないように火を止める。
　直江を席に座らせ、ご飯や味噌汁をよそい、焼き魚や漬物を出したりと手早く食卓を整えていった。

　そうして始まる、ようやく手にする事のできた日常。
　ずっと、ずうっと続けばいいと願わずにはいられない日常。

「高耶さん。風邪気味でしたら、お薬飲んで休んでいて下さいね」
　直江は出勤間際になって、高耶に病院へ行くよう勧めたが、たいした事無いからと突っぱねられる。それでも心配で、直江は譲歩案を提示した。

《ＦＩＮ》